日暮れの山道に、バス停がぽつり。その脇に小さな喫茶店がある。バスの時間まで少しあるので私は店に入ってみた。
 中年のマスターが私に会釈した。客は私一人だ。カウンターに腰かけると、私の心を察したかのように彼が笑った。
 「こんなへんぴな場所で、とお思いでしょう」
 マスターの身の上話によれば、登山好きの若者だった彼は、このバス停である少女に出会い、恋をした。次の夏もこのバス停で会おうと約束したが、彼女は現れない。その次の年も。彼はやがてこの地に移り住み、バス停の前に店を構えたという。「馬鹿げてますよね。もう半世紀も昔の話です」
 来年は古稀、とマスターは笑った。そんな歳には見えない。恋は時計をゆっくり進めるのだろうか……
 少年のようなマスターの瞳の先には大きな窓があり、そこからバス停がよく見えた。
ホームへ